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58 眠れぬ夜

مؤلف: 文月 澪
last update تاريخ النشر: 2025-10-09 16:00:00

忙しなく部屋から退出したクムト様を見送り、アルは肩をすくめて見せ、それに私も同意の苦笑いで応えた。でもひとつ息を吐くと、扉を見つめ悔し気に声を絞り出す。

「あいつ、いつもああなんだ。人の心配はしつこいくらいにするのに、自分がその立場になるとすぐ逃げる。僕達だって、ずっと子供のままじゃない。いつまでも守られてばかりじゃ嫌なのに」

今日の訪問も、きっと私達を心配して来てくれたのだろう。アックティカに関しては陛下にも当然報告しているはずだから、遅かれ早かれ軍議の際に共有される。それをこうして、直接訪ねてくれた。そして多分……。

「適当な奴だけど、父上も、お爺様も、みんなクムトが好きなんだよ。つい憎まれ口叩いちゃうけど、僕もそう。だからシーアと再会して幸せになってほしいし、心から笑ってほしい。あいつの笑顔は痛くて、辛い……」

アルは私の肩に頬を預け、耐えているようだった。流れる金の髪を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「クムト様も、皆がお好きなのでしょうね……。開戦のあの日、軍議でお
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  • 年下王子の重すぎる溺愛   67 異国の王子

     軍議が終わった室内の片隅、そこにひとりの青年が緊張の面持ちで立っていた。 その目の前には国王夫妻が陣取り、ふたりに挟まれちょこんと座る小さな姫君リリエッタ様は頬を染めて青年を見上げている。国王の隣には王太子と王太子妃、つまりは私がいて、その反対側にフェティア様、とういう王族一家に囲まれている状態だ。 国王であるお義父様はじっとりとした視線で青年を見つめている。「……名前は……?」 その声はいつもより低くて、リリエッタ様がびくりと肩を跳ねた。 青年は硬直しながらも敬礼を執り、声を絞り出す。「は、はいっ! ユーク・ウォン・アクティノアと申します!」 その返答に、私達は息を呑んだ。陛下が少しの警戒を込めて問い返す。「その名は……まさか……」 青年は俯き、拳を握りしめている。お義父様も言葉が見つからないのか、お義母様と視線を交わし合い、不安気なリリエッタ様に視線を落とした。 青年はリリエッタ様をチラリと見やると、頬を染めながらも眉を垂れ、申し訳なさそうに視線を伏せた。その様子に違和感を覚え、声を上げようとした時、傍に控えていた騎士団長が一歩前に出る。「陛下、この方につきましては私からお話いたします」 騎士団長の言った『この方』という敬称。やはり彼は私達の想像通りの人物なのだろう。お義父様も青年を見つめて続きを促した。「お気づきの通り、この方はアックティカの王族にあらせられます。しかも第一王子……王太子殿下です。ですが、アックティカは現在、強固な鎖国を貫き、自国民さえ入国できずにいます。ユーク殿下も、その中のひとりだったのです」 その言葉に、私達は再び顔を見合わせた。だって、自国の王太子を入国させないなんて、そんなことがあるのか信じられなかったから。 俯く青年を気遣いながら、騎士団長は言葉を続ける。「ユーク殿下は鎖国で追い出された民達をまとめ、我が国へと救援を求められました。それがつい昨日のことです。宣戦布告から日が空いたのは、方々に散った同胞を探しておいでだったと。ですので、本日の軍議でご紹介しようと、ご同行をお願

  • 年下王子の重すぎる溺愛   66 鳥の声

     そしてまた軍議が繰り返される。 今日は前回同様、梟に関することが中心だ。 正体の掴めない相手にどうやって対処していくか、それは酷く難しく、部屋は重い空気に満ちていた。 そこに、ひとりの騎士が慌ただしく駆け込んでくる。「も、申し上げます! 第2王女、リリエッタ様がお話しがあると仰せで……お通ししてもよろしいでしょうか?」 それに応えるのは騎士団長だ。視線でお義父様に確認を取ると、騎士に頷き入室を許可する。 リリエッタ様は、姉であるフェティア様に手を引かれて、不安気に部屋へと足を踏み入れた。お義父様を見つけると、駆け寄って膝に抱きつく。フェティア様もその後を静かに追い、お義母様の横に並ぶ。「リリエッタ、どうしたんだい? 君がここに来るなんて珍しいね」 お義父様は優しく声をかけると、膝の上に乗せ、アルによく似た金髪を撫でる。ゆるく波打つその髪は、まだ8歳だというのに艶やかで、腰まで伸びていた。「あのね、お父様……鳥さんが教えてくれたの。怖いのが来たって。夜に紛れて何人か街の中に入ったらしいわ。だから、わたし……お父様にお伝えしようと思って来たの」 陛下の胸にしがみつき、眉を垂れて遠慮がちに言うリリエッタ様。しかしその言葉に、その場にいた全員が凝りついた。「鳥が……教えてくれた……? まさか、開花したのか?」 お義父様がそう問いかけると、リリエッタ様は恥ずかしそうに頷く。そして視線を動かした先には、まだ年若い騎士が佇んでいた。 義両親やアル、そして私。 一同の視線が集まり、その騎士は委縮したように固まった。「……あれが……そう、なのか……?」 嬉しいような、悔しいような、お義父様の絞り出すような声。それにお義母様が苦笑いを浮かべる。「まだ公的な場よ、その顔は引っ込めて」 その言葉にフェティア様も笑い声をあげた。「お父様ったら、親馬鹿ですわね。でも……リリエッタに先を越されたのは少し悔しいです、お母様」 拗ねたように寄り添うフェティア様を、お義母様は優しく慰める。「大丈夫よ、貴女にも間違いなく運命は繋がっているわ。それよりも……」 お義母様の固い声に、お義父様も咳払いをして頷く。「街に梟が解き放たれた。後手に回ってしまったな……騎士団長、すぐに調査を始めてくれ」 そして息を吐き、国王としての顔を愛娘に向ける。「リリエッタ、

  • 年下王子の重すぎる溺愛   65 木漏れ日

     軍議が終わり、諸侯達がそれぞれの持ち場へと散っていく。 アルは私の手を取って優しくエスコートしてくれた。「リリー、体調は大丈夫? 少し外の空気を吸っていこうか」 私はその言葉に頷いて、一緒に歩き出す。 王宮から離宮までは散歩に丁度いい距離で、重苦しい軍議からの息抜きには最適だった。 途中の中庭で足を止め、東屋で一休みする。 お腹の膨らみは日に日に大きくなって、歩くのも大変だ。最近ではお腹を蹴ることもあって、元気に育ってくれているのが嬉しい。 アルもお腹を撫でながら語りかけてくれる。「今日も元気だね。会えるのはまだ先か……その頃には、この騒動も収まってるといいね」 そう言って微笑むアルに、私は頷く。「はい。この子や、これから生まれてくる命が脅かされることの無いよう、頑張らなければ」 この戦は、何もヴィスハイムやアックティカ、トスカリャだけの問題ではない。アックティカが鎖国したことで市場は崩れ、その影響は世界各国に及んでいる。 野菜の品不足による高騰、そして栄養の偏りから引き起こされる病も深刻化して来ていた。 農業とは、一朝一夕で補えるものではない。土づくりから、種植え、田畑の管理、収穫まで多くの手順が必要なのだから。 他にも農業国家はいくつかあるものの、市場に出回るには時間がかかってしまう。商隊の数にも限りがあり、商家も対応に追われている。 そしてこういう時には悪漢がのさばるのが世の常だ。 商品を買い占め、法外な値段で売りつける者が既に現れ始めていた。これも鎖国の悪影響のひとつだろう。 思わずため息が零れると、アルが私の頬を抓った。「い、いひゃい」 抗議の声を上げる私に、アルはぷっと吹き出す。「リリー? しかめっ面になってるよ? それも可愛いけど、笑ってほしいな」 ぷにぷにと頬をつつきながら、アルは首を傾げる。「あれ……少しふくよかになった? 触り心地最高なんだけど……」 両手で頬を包み込み、感触を楽しむアルに私は赤く染まった。「ア、アル……恥ずかしいですから……! 妊娠とはそういう物なのです。出産に備え、栄養を蓄えているのですよ」 最初は私も少し驚いた。太ってしまったかと思い、御典医に相談したらそう教えてくれたのだ。「ほら、アルの好きなトラウトも産卵前は脂がのって美味しいで

  • 年下王子の重すぎる溺愛   64 布陣

    視線が集まる中、私は口を開く。「アックティカは農業国家です。領土には田園が広がり、梟が生息できるほどの森はありません。あるとすれば、それは……」 陛下がその後を継いだ。「テューフグリューン……か……」 私は静かに頷く。「はい。その言葉を告げたのも、アックティカやトスカリャとは違う装束の者でした。現地へ赴いた兵士とは会話ができませんから、それ以上は分かりませんでしたが、狡猾な梟が動くことは間違いないかと」 私の言葉に、諸侯がざわめく。その中をアルは静かに私に寄り添い、肩を抱いて陛下を見据えた。「その件に関しましては、私も兵士と面談し、過去視にて確認いたしました。必要であれば召喚も可能です」 その言葉が後押しとなって、一同は納得したように頷き合う。 アルは私を見つめてふわりと微笑んだ。 やはり、アルがかつて語った番は、お互いを補い合う存在と言えるのだろう。私の遠見を、アルが過去視で確認することで、こうして諸侯を納得させられる。 これが私ひとりでは、そうもいかない。 そもそも、アルと出会わなければ発現しなかった力だ。それはアルも同じ。 精霊王の契約によって穿たれた楔は、私達の絆となっている。 陛下と王妃様もそうなんだろう。 こうして王妃様が軍議に参加すること自体、他国では珍しい。戦は男の仕事というのがごく一般的で、それは戦う力があること、そして子を産む女を守るため、ある種の本能とも呼べるものだ。 だけど私達は手を取り合うことで、更に善き方向へと進める。 地域によっては女性の地位が著しく低く、陽の下を歩くことさえ難しい国が実在する。それが悪だとは言わない。それに至る歴史があり、価値観があるからだ。 精霊王がヴィスハイムと契約した経緯も、その内のひとつでしかない。 そして、アックティカやトスカリャも。 今、まさに歴史が動いている。 悪しき君主が誕生したのも、何か意味があるのかもしれない。 アルの優しい眼差しに応えながら、私は想いを馳せる。 果たして私達は勝つことができるのか。 民を、愛する人達を守ることができるのか。 テューフグリューンを制することが、その結果に直結する。 陛下は静かに顔を上げると、凛とした声で判断を下す。「ホルター、テューフグリューンに罠を施せ。見破られても構わ

  • 年下王子の重すぎる溺愛   63 梟

    「しかしながら」 ホルター様の硬い声が部屋に響く。「傭兵の動きを封じることができなければ、王都に被害が及ぶのは必定。如何に対応するかが問われます」 一同の視線が集中する中で、王妃様が口を開く。「現時点で、私には王都が燃える未来は視えません……ですが、黒い影が視えるのもまた事実。陛下、いかがいたしますか?」 そこには、いつもの穏やかなやり取りは存在しなかった。軍議の場で、公私を混同していては臣下に示しがつかないからだ。それは私も見習うべき点であり、次代の王妃として、その凛とした姿を目に焼き付けた。  陛下は思案すると、ホルター様に視線を向ける。「敵軍が到着する前に、罠を仕掛けることは可能か? 奴らは鼻が利くから効果は無いだろうが、進路を誘導し、森を抜けた先で討つ」 陛下の言葉に、ホルター様も頷いた。「それがよろしいかと。アックティカの民兵は、鎖国によって既に疲弊しております。トスカリャも、山間トンネルの強行により頭数は減っていると見てよいでしょう」 そして、ひとつの大きい黒い駒を動かす。それは森を真っすぐ抜け、ルストニカ平原へと至った。「一番憂慮すべきは傭兵団の頭目、狡猾な梟。その名が表す通り、狡猾で残忍な人物です」 低く唸るようなホルター様の声に、部屋に重い空気が広がる。「本名不明、性別も年齢も不明の不気味な存在です。かつてアックティカの行った川への毒物投与、それも奴の指示だと噂されております。たかが噂、されど無視するにはあまりに危険です」 みなの視線が陛下に集中する。アルも、陛下の隣で思案していた。

  • 年下王子の重すぎる溺愛   62 伝統という名の腐敗

     ルストニカ平原は、国境の森から約二日の距離にある。 このままアックティカとトスカリャが進軍を続ければ、一週間後には森に辿り着くだろう。そこで叩かない理由は、ゲリラ戦を得意とする傭兵がいるためだった。 ルストニカ平原で布陣を築けば、我が軍は迎え撃つ体制を整え、王都を戦火から守ることもできる。しかし、それは相手も重々承知しているはずだ。 そうなれば、やはりこの戦の肝は国境の森、テューフグリューンが握っている。 平原を横断するこの森は、越えるだけなら半日程度の深さしかない。けれど、東西に長く伸び、その樹影に潜み後方に回られてしまう危険性も持ち合わせている。補給路が立たれれば、勝てる戦も勝てなくなるのは必定だ。 今開かれている軍議も、まさにその件についてのもの。 私は身重のため着席を許され、椅子に座ってその様子を見つめる。 主だった貴族が陛下を中心に円卓を囲み、ざっくりと描かれた地図に注視していた。陛下から見て下方にカイザークの国旗、中央にテューフグリューンを示す緑の線、その上にアックティカとトスカリャの国旗が描かれている。カイザークには青、アックティカには赤と黒の駒が複数配置され、白い髭を蓄えた元帥、ホルター様が場を仕切って声を上げた。「十中八九、敵は傭兵を重用するでしょう。陽動、攪乱、そして補給路の断絶を狙って行動すると予想します」 ホルター様は黒い駒を、緑の線の上へ移動させ、その淵に沿ってカイザーク軍を表す青い駒の後ろに回す。ここまでは、私でも分かる流れだ。問題はその後。ホルター様はアックティカ、トスカリャの連合軍へと視線を向ける。「アックティカの戦力は、その殆どが民兵です。兵士も、繁忙期には農民として畑に出ます。その錬度は極めて低いでしょう」 そう言って、一部の赤い駒を後ろに下げる。「そのため、主戦力はトスカリャと見て間違いありません。大将首は首領、ダッツェ・バズ。十年連続で首領を務めている猛者です。しかし、戦となればこちらに利があります。一対一と多対多の違いを思い知るでしょう」 トスカリャの首

  • 年下王子の重すぎる溺愛   32 約束

     和やかな空気の中、ネフィがお茶を用意してくれて、殿下と二人ソファに座る。その間も殿下の腕は腰に回されていて、一年という時間を埋めるようにぴったりとくっついていた。 待ち侘びていた人がすぐ傍にいる。それがこんなにも幸せな事だなんて、私は知らなかった。お父様やお母様、ネフィや他のメイド達。みんな大事な人ではあるけれど、やっぱり殿下は特別だ。 でも、ささやかな時間はそう長くない。満ち足りた空間を壊したのは、控えめに扉をノックする音。殿下が返事をすると、野太い声が返ってきた。「殿下、ご歓談中に申し訳ございません。間もなく軍議のお時間です。ご準備を

    last updateآخر تحديث : 2026-03-27
  • 年下王子の重すぎる溺愛   60 啓蟄

    その後のアルの行動は早かった。 まず化粧品や衣服に使われている染料、石鹼や洗剤、香油まで成分を調べあげ、妊婦に良くない物を排除していく。特に香油は薬としても使われるし、料理に使われる香辛料も薬草としての側面があるから神経を尖らせていた。その食事も栄養豊富で、それでいてあっさりとした物に変え、果てには離宮を彩る植物まで徹底して堕胎に繋がる物を植え替えてしまう。 乳母はもちろん乳児に必要な品々まで、全て揃うのに一週間とかからなかった。私は何度も『まだ確定ではない』と言ったのだけれど、どちらにせよ必要な物だからとアルは譲らない。 私

    last updateآخر تحديث : 2026-04-04
  • 年下王子の重すぎる溺愛   61 烏合の衆

    トスカリャに動きあり。 その報がもたらされたのは、陽射しが厳しさを増す夏至の事。奇しくも一年前の開戦と同じ時期だった。懸念していた山間トンネルがついに完成し、脅威がまたひとつ増えた事になる。まだ先と思われていたトンネルの開通は、クムト様が私達の元に来てから僅か数十日で強行され、多くの人命を飲み込んだ。 山を削るのは相当な労力を必要とし、自然の驚異を嫌が応にも思い知らされる。鉱山でさえ多くの犠牲が出るというのに、国を隔てる山脈を貫こうというのだからその数も膨大になるだろう。どれだけ補強に力を入れても不意に崩落が起こり、進めば進むほどに酸素は

    last updateآخر تحديث : 2026-04-04
  • 年下王子の重すぎる溺愛   59 ︎︎結晶

    ネフィと二人、くすりと笑うとアルが拗ねたように口を尖らせる。「二人だけずるいよ! 僕も仲間に入れてくれてもいいでしょ? 何かあったの?」 その言い様に、また笑みが零れる。あまり意地悪をするのも悪いと思い、打ち明けた。「まだ確定ではないのですが……覚悟して聞いてくださいね?」 表情を引き締めて言うと、アルも居住まいを正し頷く。「実は、月のものが遅れているのです。まだ数日程ですが、念のため香水を控えています。香水には酒精が使われていますから、万が一も考えられますでしょう?」

    last updateآخر تحديث : 2026-04-04
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